平等院奉納プロジェクト ご寄付のお願い
撮影 ©藤塚光政

Concept

鳳凰の卵

平等院ミュージアム『鳳翔館』に展示された鳳凰の卵

撮影 ©藤塚光政

「鳳凰の卵」はガラスで封じられた、卵と藍染め絹布で構成される作品です。
卵は透明度の高い光学ガラス内部に、 3Dレーザーのエッジング加工によって彫刻したもの。ガラスの中にしか現われない存在で、刻々と変化する周囲の光を吸収、反射しながら、その様相を変幻させてゆきます。
藍染め絹布は、小石丸繭から採られたより繊細な絹糸で織られた絹布を、天然発酵の藍で染め上げたものです。天から注ぐ光を透過しながら、究極の藍の青さを放ちます。二重に重ねられることで光の干渉波が生じ、見る位置によって青は揺らぎはじめます。
それらを封じるガラスの量塊は、光学ガラスの独立柱5本が密着することでバランスする、調和の取れた構造体です。
奉納後、平等院のミュージアムである鳳翔館のエントランスに展示されました。

撮影 ©藤塚光政

トータルデザイン

一般的にデザインを作り出す過程においては、先ず明確なコンセプトを作りそれを用途に応じた空間や物や図形などに変換するプロセスがあります。 このプロジェクトにおいては、コンセプトである「鳳凰の卵」を発想したと同時に透明と藍色の2種類のガラスの中に卵が落ちている完成図も出来た稀なケースでした。 つまりこのプロジェクトのコンセプトと形は「同義」として一体化しています。通常の産業デザインがたどる、用途や機能からコンセプトを導き出す方法ではなく、コロナ終息という私たちの「祈り」が完成形のイメージを最初から明確にしました。

平等院への奉納であれば、「2021 年の日本の洗練された技術」で生み出されたことを、数百年後にもこの作品自身が雄弁に語らねばなりません。その意味でガラスは 1000 年劣化することのない素材でありこの作品のメイン素材として相応しいものです。そこで富山ガラス工房の野田雄一館長の協力を得て、現代の技術で作ることのできる最高の透明度を持つ光学ガラスを使うことに決めました。混じり気のない透明度とは現世から解き放たれた世界観を象徴するものです。ガラスは 5 つのブロックで構成し 、その 2 つにレーザー加工した卵を彫り込み鳳凰の卵を出現させます。さらにガラスの上面半分は藍の色で分割することをイメージしました。あたかも現世と極楽の境界を示すように。藍色は現世の美を表し、そこを突き抜けると透明な浄土の世界があることを表しました。そこはガラスのような液体なのか、はたまた平等院阿字池の水なのか。

イメージスケッチ

コロナ終息の祈念として古来から殺菌作用のある藍を素材として使うことは、本プロジェクトのコンセプトである「先端的デザインと伝統工芸の融合」を反映したものです。そこで藍染師の中西秀典氏が丹念に藍染された絹布を使いそれを 5つのガラスブロックの上部半面の位置に裏から 5mm の薄い高透過ガラスで挟むことで 、横に連なる 5 本の光学ガラスの塊と藍染めされた絹とが重なり、全体としてひとつの作品に昇華してゆきました。
最初にイメージした全体寸法は120×90×20cm。作品を置く台の高さを30cm。使用するガラスは重量を抑えるために5分割し、接着をせずに突合わせる構成をとりました。

軽くて運びやすい乾漆の仏像が幾度もの火災を逃れて後世に伝わったように、これもまた分解と移動をなるべく容易にします。作品を置く台は鉄で骨格を施工し重量を持たせ、上面に20㎝の深さの凹部分を作り、そこに5つの光学ガラスブロックとその背面で藍染め絹布を挟む高透過ガラスが差し込まれて成立しています。接着されていない5つのガラスが支え合い自立している様子は、個々の人々が心を寄せ合わせることにも通じています。
実際にレーザー加工された光学ガラスや藍染め絹布(貴重な日本の繭の原種である小石丸絹糸を使用)は日本の各地の職人の技によって仕上げられました。各材料は最終的に平等院鳳翔館の展示空間に集められ、京都のガラス施工職人達によって組み上げられました。

サイズの検証

最初のプレゼンで使った
ガラスブロックの模型

本藍染

奈良時代から続く「天然灰汁醗酵建藍染」による染色です。タデ科の藍植物の乾燥葉を醗酵させた蒅を灰汁で溶いて染料液をつくり、それに布を浸けて染めてゆきます。液の醗酵具合で発色の良し悪しが左右される繊細なもの。化学薬品を使用しない天然の伝統製法では、色素粒子が細かく、発色が良く色落ちが少ない染めになります。元になる藍は徳島の白花小上粉を使用。この品種は戦中に無くなりかけたこともありました。染料液には灰汁、石灰、醗酵を助ける麩に加えて日本酒も使われます。甕の染料液で何度も手染めを繰り返し、さらに手洗い乾燥を数日にわたり繰り返します。そうして生まれる日本独自の青は、抗菌成分もあって私たちの身体を守り続けてくれたものなのです。

藍染に使用した小石丸絹布

光学ガラス

本藍染めの小石丸絹布と、レーザー彫刻の鳳凰の卵を封じるために、 像をありのままに映す、 光学ガラスが選ばれました。 レンズやプリズムにも用いられるガラスです。 着色、 脈理、 歪み、 泡が極めて少なく、 不純物の少ない原料で熔解することで、 高い透明度と優れた内部品質が得られています。 一般に一見無色透明なガラスでも、 厚みを増すと色が見えてきます。不純物を含んでいるからです。 内部で屈折率が違う不均質な部分、 脈理が生じることもあります。 僅かな変形で歪みも生じ、 微小の泡も透明度を損ないます。 そのような不均一さを取り除く高度な技術が集約された素材です。 さらに光学ガラスは美しい研磨面に加工する技術があることで、 内部に施される繊細な彫刻をリアルに感じることができます。 現代日本の技術が蓄積されたものづくりです。

大型切断機で光学ガラスを切断

3Dレーザー彫刻

鳳凰の卵は、この光学ガラス素材の中にレーザー光線で彫刻されました。この彫刻技術は、レーザー光線をレンズで集光してガラス内に微細なドット(彫刻点)を発生させ、そのドットの集合体で立体表現するものです。水に匹敵する透明な流体に包まれて、卵が産み出された瞬間が永遠に固定されました。

鳳凰の卵3Dモデル

奉納プロジェクトに寄せて

瑞鳥である鳳凰が卵を産むということは、意外なことであるかのように思われます。しかし、そこにタブーを感じる事はありません。むしろ新たな視点が見えてきます。平等院の鳳凰堂は創建当初阿弥陀堂と呼ばれていました。棟飾りの鳳凰と建物の平面形状から後にその名が称され、鳳凰は平等院と縁の深いものになりました。中国の伝説の霊鳥であり、不死鳥フェニックスといわれるその鳳凰の卵とは一体どういったものなのしょう?それはおそらく、次の世代に伝えたい物事の象徴なのです。今の世代、次の世代の人々が読み解いていくものなのではないでしょうか。

釈迦の入滅から最初の1000年は正法であり、釈迦の神通力が世に行き渡っている時代。教えに準じて暮らせば極楽浄土へ行けました。次の500年は像法で教えが形骸化すると言われました。その次の年、釈迦入滅から1500年目が西暦1052年にあたります。これが末法初年、仏教が堕落し社会が混乱する時代の始まりと言われました。その時、藤原頼通が父道長の別荘である宇治殿を寺院に改め、翌年1053年に建立したのがここの阿弥陀堂(鳳凰堂)でした。貴族は信仰心が強く、生きている間の功徳が形になったのが寺院の建立といえます。

今、感染症蔓延で辛い時代を迎える中でのこの奉納には、ひとつの巡り合わせを感じます。平安末期、実際に不安な時代が続いていました。摂関政治は衰え、治安が乱れ、民衆の不安は増していました。そこで藤原氏が行ったのが、極楽浄土の具現化、平等院の建立です。誰も見たことが無いものを表現するのです。その試みは革新に満ちていました。最新のデザインコンセプトで最先端の技術が駆使され、建築、美術、工芸が極められました。今でこそ平等院は日本の伝統そのものですが、本来時代の革新を求めるところに端を発しているのです。鳳凰の卵もまた、厳しい時代を切り拓く革新のひとつ。

平等院が目指したのは単なる極楽浄土の疑似体験ではありません。経典や言語で説明されるバーチャル世界を、空間やモノによって皮膚感覚でも伝える試みです。リアルな物事に対する人間の感性が研ぎ澄まされてゆくように。平等院が大切にしてきた美術や工芸にはそのような意味があり、鳳凰の卵もまたそのひとつとなるでしょう。人の感性を振わせ、社会に何かを発信するものとして。それが一人一人の振るまい方、次の時代のありように繋がってゆくものと思います。

平等院住職 宮城俊作

納めたという事より、「平等院」に納めるというプロセスが重要なのである。

世界を覆う感染症の終息は、以前の社会に戻ることではなく新しい世界の拡がりを構築し続ける道といえよう。異なる世界が今を中心に無限に拡がる。これが仏教でいう無常と縁起の基本。そのために旧い物を守り、そこから新しい事象の萌芽を愛でる。新たな想いから新しい技を追求し、研ぎ澄ませ、積み重ねる。それこそ、様々な関係を紡ぎながら。このプロジェクトは奉納が終わりではなく、そこから祈りが始まる。新たに拡がる世界の揺籃を鳳凰の卵に託したのである。

鳳凰とは、幸せを呼ぶ希望の鳥。人々の祈りの鳥である。鳳凰の卵は、中国の西方沃民国の野原一面にあると伝えられる。日本では、『仮名草子』に記され、蒔絵では桃山時代に見つめ合う鳳凰から生まれた卵などが残り、工芸では遊行寺に元禄のものが残る。仏教では、生命の誕生に胎生以下4つを示し、鳳凰は卵生とするが、もとより鳳凰は一羽ではなく、二羽が対となって始めて鳳凰となる。全く異なる個体が出会った時、鳳でも凰でもない、全く新しいいのちがそこに誕生する。鳳凰が大棟に冠されるのは平等院からであり、鳳凰は大棟に向かい合う。異なる個性の出会いであり、鳳凰堂はまさに新しいいのちの誕生を意味している。

江戸期には『蚕祭法』なども伝わり、絹への感謝が行われた。絹は尊いもの仏の画に点綴する。それを信じ求め、形に表し、観じ、守り続ける。それが人の営みとして共振し異なる想いが纏まり、新しい一歩を踏み出すことに繋がる。一歩目が無いと二歩目はない。それが人々の希望「鳳凰」の「卵」が産み出され続けることなのである。

平等院住職 神居文彰

作 家

松井龍哉
ロボットデザイナー
1969年
東京都生まれ
1991年
日本大学藝術学部デザイン学科卒業後、 丹下健三・ 都市・ 建築設計研究所を経て渡仏。 科学技術振興事業団 ERATO 北野共生システムプロジェクト研究員に。
2001年
独立しフラワー・ロボティクス社を設立。 自社ロボットの研究開発から販売までを手掛けている。
2014年
松井デザインスタジオを設立し、幅広いデザインプロジェクトを展開。
2020年
現代美術作品を制作し活動の場を広げている。

[受賞]Good Design賞(日本) ACCブロンズ賞 iFデザイン賞(ドイツ) Red Dot design賞(ドイツ) 第六回日芸賞
[個展]2006年 水戸芸術館にて 松井龍哉展、2013年POLAミュージアムアネックスにて「花鳥間」展、 2014年伊勢せきやにて「Re:Play」展、 2017年よりヨーロッパ各地の美術館・博物館にて開催される巡回展”Hello,Robot”展に作品を出展中。
日本大学藝術学部客員教授、成安造形大学客員教授、早稲田大学理工学部非常勤講師、東京理科大学工学部非常勤講師、グッドデザイン賞審査委員(2007-14)

松井龍哉

平等院奉納プロジェクト実行委員会

  • 代表  山田あかね

    株式会社エーワークス代表

  • 副代表 山田耕司

    株式会社アットクリエイション代表

  • 副代表 長田直之

    建築家・奈良女子大学准教授

  • 監事  松井龍哉

    フラワー・ロボティクス株式会社代表

山崎(山田)あかね

株式会社エーワークス代表/デザインプロデューサー

1964年
東京都生まれ
1987年
日本女子大学住居学科卒業
東陶機器株式会社入社。建築・デザイン専門ギャラリー・間に勤務。
建築家・インテリアデザイナー・プロダクトデザイナー等の展覧会、後援会のキュレーターを勤める。
1991年
独立して株式会社エーワークス設立。建築家と協働し、学校、公民館、 文学館等公共施設のサイン/VI計画、家具計画を主たる業務とする。
1996年
30代建築家100人会議/展覧会実行委員会事務局
1999年
ベネチアビエンナーレ出展チーム「Project co.jp」のプロジェクトマネージメント
2002年
東京電力「スタイルキッチン」プロジェクト総合プロデュース

本プロジェクトは、コロナ禍終息と新たな千年の弥栄を祈念して、ガラスアート作品を平等院へ奉納させていただくものです。古来より継承されてきた伝統工芸と最先端のデザインや最先端技術の融合によりアート作品を生み出す新しい試み。作品を創るにあたり、様々な試行錯誤がありました。その過程こそが次の時代を創り出す生みの苦しみであったと言えます。世界的なパンデミックの渦中、失われがちな精神的豊かさを紡いでゆく試みです。これに多くの企業・個人の方からご支援をいただき実現することが出来ました。ソーシャルデザインシステムの構築ともいえる仕組み作りにご協力いただき、とても感謝しております。

アート作品のコンセプトはロボットデザイナーの松井龍哉氏によるもので、「コロナ禍の世を鎮め次の世を担う為に平等院の鳳凰が産んだ卵」がモチーフとなっており、古来より日本人の身体を守ってきた伝統の本藍染絹布と共にガラスに内包する作品です。

そして、7月4日の佳き日に無事、平等院鳳翔館へ奉納することが叶いました。

奉納式では平等院の神居ご住職から「今回の奉納作品から祈りが始まり、新しい世界が切り拓かれ人々の希望に繋がっていくことを心からお祈り申し上げます」と、また宮城ご住職からは「平等院創建時当時、最先端の美術工芸をもって現世に極楽浄土を創り上げたことに通じる奉納であり、平等院の歴史にとっても重要」と身に余る温かいお言葉を頂戴することができました。とても光栄で感激しております。

12月20日に平等院鳳翔館での展示は終了し、「鳳凰の卵」は平等院のお蔵に収蔵されました。今後、お目見えする機会は未定ですが、本プロジェクトの進行過程を纏めたプロジェクトブックを発行することになりましたので、おひとりでも多くの方にプロジェクトブックをご覧になっていただき奉納作品の意義を感じ、他者の為に祈る気持ちを思い起こしていただけましたら幸いに存じます。

平等院奉納プロジェクト実行委員会
代表 山田あかね

NEWS

令和4年4月8日
プロジェクトパンフレットが日本印刷産業連合会主催第63回全国カタログ展、カタログ部門において、銀賞を受賞いたしました。
令和3年12月20日
5ヶ月半に及ぶ展示を終え、平等院のお蔵に収蔵されました。
令和3年9月24日
平等院奉納記念オリジナル商品がオンラインでもお求めいただけるようになりました。
https://byodoin-hono.stores.jp/
令和3年7月4日
平等院鳳翔館にて奉納式典が開かれ「鳳凰の卵」が奉納される。
令和3年4月14日
公益社団法人宇治市観光協会様と宇治商工会議所様に後援いただくことが決まりました。
令和3年3月3日
オフィシャルホームページ開設